
先月号は、とんでもなく小さな文字で、ほんとうに申し訳ございませんでした。
夏には立派な枝振りで、無数の葉に覆われたケヤキ。100年以上の樹齢であろうそのケヤキも冬にはすっかり葉を落とし、天高く扇状に広がる一本一本の枝が夕日に映える。美しい景色です。
もう3月。ふとそのケヤキを見ると、20メートル近くもある小枝の先端にはふっくらとつぼみがふくらみ始めた。
季節の移ろいはすばらしい。人間がどんなにもがこうと、どんなに喜怒哀楽を享受・堪能しようとも、おかまいなしに、静かに、移ろう。 そんな今日。いかがお過ごしですか。
≪知覧へのお誘い≫
今回のおさむのひとりごとは、知覧の旅へのお誘いです。
ぼくは19歳の頃から、自分自身を厭世的な思考が覆った。その強さは日に日に激しさを増した。
いったい俺はなんなんだ。いったい俺はなにをしたらいいんだ。いったい何のために俺は生まれてきたんだ!
新聞やテレビで流れるゴシップは、品のない娯楽番組と目を覆うような犯罪、巷ではどうしようもない問題ばかり。こんなくそったれみたいな世の中で、なにを夢見ろというのか。欲しいものも食べたいものも自分がなりたいものも、ぼやけて見えない。
『幸せ過ぎるからだ!』と大人からなじられた日々。
19歳という年齢は微妙だ。大人でもなく、子供でもない。社会が見えてきたようで見えていない。でも、19歳特有の『理想』だけは、純粋なままだ。たった一度の人生を、意義のあるものにしたいと。
≪知覧の旅へのいざない≫
いま、19歳の若者たちとつきあいをさせてもらっているぼくは、確信していることがある。それは、どんなにいい子を演じていても、どんなに不良を演じていても、どんなにチャラチャラしていても、どんなに無感動・無関心・無表情であっても、19歳のこころの奥底にある真の叫びは同じであるということだ。いまも昔も。
それは、あの特攻隊員も同じだった。
ぼくは、戦争の是非について語るつもりもないし、特攻作戦を美化するつもりもない。ただ人間の生き方として、人間の在り方として、いまのふやけたぼくたちの感性に語りかけてくるものを一緒に感じあいたい。忘れてはならない事実を、一緒に感じてくるんだ。彼らがいのちをかけて守りたかったもの、伝えたかったものを、肌身で感じてくるんだ。
現地は桜の季節。特攻隊員は桜が大好きだったそうだ。女学生や地元の人々は、その桜で出撃を見送った。この季節でしか感じられない、貴重な時間になることは間違いありません。
工務店の社長がなぜとか、またおさむはじまったなとか、偏った思想だとか、いろいろおっしゃる方がいるかもしれないけれど、一緒に行けば全てわかっていただけると思うのです。
19歳に限らずどなたでも一緒に行っていただけます。ただひとつ、単に歴史を学んで感慨にふけるだけでは意味がないということです。いま生きていて、こころの中に起こるさまざまな葛藤。空しさや寂しさや哀しみ。自分の存在が薄れてしまっていたり、あるいは今こそ立ち上がらんとする欲求。そんな、自分の人生を大切にしている方ならば、男女年齢問わず、ぜひ一緒に行きましょう。二日間、ぐっつり語り合いましょう。
知覧に行く前に勉強会もします。予習をして現地に赴けば、感じ方が全く異なります。
なんとなーく、また?おもたい雰囲気のひとりごとになってしまいました。めげずにご応募、お待ちしておりまーす。
特別開催!!
おさむちゃんと行く知覧特攻平和会館に学ぶ旅
期 日:4月2日(水)・3日(木)
一泊二日
行 先:鹿児島県 知覧特攻平和会館とその周辺
対 象:どなたでもご参加できます。
(19歳前後の青年たちには特にお勧めです!)
定 員:7名(5名以上の申し込みで開催します)
金 額:48000円
(羽田空港からの費用すべてを含みます)
締切り:3月10日(月)
連絡先:090−3045−0587(北澤 修)
※講習会を事前に開催し、知識を深めた上で
ご参加いただきます。
『花粉』という文字を眼にするだけで、鼻がムズムズする私です。いかがお過ごしですか。
もともと人間には『免疫力』というのがあって、ウィルスなどの外敵から身を守るすべを持っているのだそうです。しかし、昨今の排気ガスや室内の空気汚染、食品添加物の摂取により免疫力が著しく低下していると言われています。
その免疫力を器に例えるとわかりやすいと思います。誰もが持っている免疫力には、器と同じように大小がある。その器からあふれ出してしまったものが症状として現れるのです。
これまで年配者には花粉症が少なかった。『いまの若いもんは、、、ったくからだが弱いんだから・・・』となじっていた。がしかし今では多くの年配者が花粉症で苦しんでいる。これは、生育段階での空気汚染や添加物の摂取が少なかったから、免疫力の器に余裕があったと考えられる。
そんな年配の方々も、現代的な生活を享受しているため、いよいよその器がオーバーフローし始めていると考えられるのです。
明らかに花粉症だと思えるのに、『俺は花粉症じゃない。鼻炎なんだ。』とか、『風邪をひいているんだ。』と弁解する方も多く・・・。
小学生でも花粉症に苦しむ子供は多いようですね。実は我が家の子供たちもそうなんです。これは、自ら摂取した添加物の問題もあるけれど、胎児のときの母親からの伝達による影響が大であるようです。だから、もともとの免疫力の器がいっぱいいっぱいであったことが原因といえそうです。
しかしながら、上記の見解は一断面からでしかなく、もっともっと人間は複雑かつ精密にバランス(均衡)をとって存在していることはいうまでもありません。
≪依頼≫
前置きが長くなりました。
『おさむちゃんと行く知覧特攻平和会館の旅』を読んだという方からお電話をいただきました。
『あのぉ、おさむしゃちょうさんいらっしゃいますかぁ・・・』
私が受話器を持つと、どどどぉ・・・・・・と言葉が続きました。
『知覧に行かれるんですね。。。お願いがあって電話をしたんです。母の婚約者は特攻隊員でした。飛行機の前に立つ立派な姿の写真を何度も何度も見させてもらいました。特攻隊員だからということで、結婚させてもらえなかったのだそうです。そして彼は戦死しました。
戦後母は結婚をして私が生まれたわけですが、その方が忘れられず、その度に写真を取り出しては話しをしてくれたのです。いつかは知覧に行きたい、知覧に行ってみたいと話していました。
その母も2年前に亡くなりました。
おさむしゃちょうさん、お願いがあるんです。ほんとうは私が行ければいいのですが、あいにく、どうしても行くことができません。。。母の写真を、持って行っていただけないでしょうか。。。母を、連れていってもらえないでしょうか。。。特攻隊員の皆さんに逢わせてあげたい・・・・・・』
受話器の先の声が震えているのがわかる。物凄いエネルギーが伝わってくる感覚でした。私はこみ上げる感情を抑えることもせず、涙があふれるままに受話器を握り締めました。
『ぜひ、ぜひ、お母さんを知覧にお連れします。もしかしたらお母さんの魂はその方に逢えるかもしれない・・・・・。』
母を想う娘のこころ。『母がその特攻隊員の方と結婚していたら私は生まれてこなかったんですけどね!』、なんてジョークを言えるくらい気持ちが落ち着いたころ、受話器を置きました。
胸がじわーっとして、気持ちがとってもさわやかになった一日のはじまりの電話でした。
≪20年前にも・・・≫
20年前にも同じような依頼を受けたことを思い出しました。
20年前といえば、ぼくが一番心がすさんでいた学生時代です。バブル絶頂の頃。大学生がハイソカーと呼ばれるソアラやフェアレディーZを乗り回し、お揃いの蛍光色のスタッフジャンパーを着て、夏はテニス冬はスキーに明け暮れる時代でした。
そんな波に乗れないぼくの唯一の居場所は、『古陶里(ことり)』というおばあちゃんが一人でやってる喫茶店。5時間でも6時間でも、いつもの場所にたたずんでいました。
そんなことりのおばちゃんが、めずらしく折り入って話があるという。それは、大好きだったお兄さんの話しでした。
第2次世界大戦、唯一の大好きなお兄さんが戦場に駆り出された。しかし心配の甲斐なく『戦死』の知らせ。現在の中国の承徳市にあった万里の長城近くの野戦病院で亡くなったらしい。戦後処理のごたごたに紛れて遺留品は全く手元に還って来なかったそうなのです。
『きたざわさん、どんな場所で兄が死んだのか、見てきてほしい・・・』当時ほとんどプータローのようだった私。すぐに中国に飛びました。
(とはいってもお金がない貧乏学生、飛行機ではなく、新潟から大連行きのフェリーで中国に渡りました。)
承徳市に着いて情報を集めようと市役所に行きました。すると、日本語が非常に上手な方がいて、当時の場所や状況などを詳しく説明してくれたのです。
野戦病院があった場所は、小学校になっていました。その校庭の入り口付近にあった大木を見つけ、その土を袋に詰めて帰国しました。
その土を手にしたことりのおばちゃん。目に涙を浮かべるほど喜んでくれたのは、いうまでもありません。
≪大切なもの≫
こころって、目に見えないけれど、人間の存在の意味そのもののような気がします。これからも家づくりという仕事の北澤工務店ですが、既成概念に捉われず、人のこころに寄り添っていけるような仕事をしていきたいと思います。
季節の移ろいの素晴らしさを実感する今日、いかがお過ごしですか。一回、一回と回を重ねて書いてきたこの『おさむのひとりごと』も、今回で98号。あと2号で100号です。8年と4ヶ月書いてきたことになります。よくやってるなぁ、と自分を褒めてあげたくなります。
毎回、『なにを書こうかなぁ』と悩むのですが、いったん書き始めると、ドドドーっと言葉が浮かんでくるんです。頭で考えると書けないけれども、感じたこと、体験したことは理屈抜きで次から次へと浮かんでくる。考えていたら一歩も前に出ない。さて今回は・・・。
≪あるお客様とカウンターで≫
あるお客様と空〜くう〜のカウンターでお話しをしていたときのことです。そのお客様は現在お母さんの介護中であり、正に奮闘している最中なのです。『介護の現実は、きれいごとでは済まされないのよ。もっと泥臭くて、悲しみや苦しみがどっさり山積みなの・・・』
別のお客様からも全く同じことを伺ったことがあります。『いやぁー、きたざわくん、自分がこうなってしまうとはねぇ。』『自分の母親なんだよ。それがこんな風にボケてしまった。耳も遠くなってしまった。』『わけがわかんないことするもんだから、注意するだろ。言うこと聞かないからおっきな声を出す。おっきな声はだんだん乱暴な言葉遣いになる。それでもダメだから、手が出ちゃうんだ・・・母親にね・・・。』
いずれ誰もがたどる道。『ぽっくり死ねたらいいねぇ』と、一致した言葉。(介護についての意見ではありませんので、このような表現をお許しください)
≪Tさんとの出会い≫
Tさんは、ある方のご紹介から全面改装の大型リフォームをさせていただきました。ひと目あったときから、『いやぁ〜、しゃちょうさんはぁ、角栄さんにそっくりだぁ』とニコニコ笑顔で、会う度にぼくの肩をたたきながらおっしゃるのでした。
Tさんは新潟県出身。そう、田中角栄元首相のお膝元です。『わしら若いときは、はらまきに札束入れて、選挙運動しちょったもんよ。おかげでブタ箱にもおせわになって・・・わっはっは!!』と豪快に笑い飛ばすTさん。
≪リフォーム工事開始そして竣工≫
Tさんは数年前に奥様を亡くされ、息子さんと二人暮らし。普通、男所帯というと、庭の手入れや掃除も行き届かず、台所に空き缶や空き瓶が散乱している様を思い浮かべますが、Tさん宅はそんな風景を微塵も感じさせませんでした。きちんと手の行き届いた玄関。きれいに整頓された室内。驚いたのは、物置小屋にもちゃんとスリッパが並べて用意されているではないですか!Tさんの几帳面な性格が如実に感じられました。
ユーモアのセンスもあり、豪快で几帳面。笑顔がとっても素敵なTさんのリフォーム工事は、工事担当の長澤とも息がぴったり合い、『劇的ビフォアー・アフター』的に竣工しました。会う度ごとに『いやぁ〜、しゃちょうさんっとごに頼んで、ほんとよがったんがな。お風呂なんて、さいこうだんがな。トコダンボウ(床暖房)もほんとよがったんがな・・・』と連呼されるのでした。
≪Tさんのかもし出す空気≫
出会ってから工事中、竣工に至るまで、Tさんのかもし出す雰囲気に、社員も職人も魅了されました。「畑で採れたから」と野菜をたくさん用意してくださったり、お酒が好きなものだから「こりゃー越の寒梅っちゅうんだ」と持たせてくださったり、「ながさわさん、たまには、いっぱいやってけぇ〜」とお誘いくださったり・・・。
念願のリフォーム工事が竣工し、ごっそりと札束そして1kgものスジコを持ってTさんは事務所にいらっしゃいました。またその時も同じように『しゃちょうさんはぁ、角栄さんにそっくりだぁ。』『いやぁ〜、しゃちょうさんっとごに頼んで、ほんとよがったんがな。お風呂なんて、さいこうだんがな。トコダンボウ(床暖房)もほんとよがったんがな』『ながさわさんは立派でいい社員だがら、ボーナスはずんでやってくだされよ!』なんてジョークをいいながら握手をして、満点の笑顔で別れたのでした。
≪その数日後・・・。≫
その数日後、息子さんからTさんが急逝したとの電話!!うそだろッ!!!
・・・・・・・・・・・・・・
忘年会で仲間たちと共に、めずらしく足を取られるほど飲んだのだそうです。その場でも、「うちはリフォームしたんだ」「トコダンボウはいいぞ」「きたざわこうむてんはいいぞ」と話していらしたそうです。
そして夜中に帰ってきて、一番のお気に入りのお風呂に酔ったまま入浴。かえらぬ人となったのです。
きれいにリフォームされたご自宅の真っ白なふとんに、Tさんは眠っていました。私はそのなきがらを見て驚きました。こちらを向いて少しだけ、ほほ笑んでいるではないですか!ほんとうに、『しゃちょうさん、ありがとな。ありがとう。これで、なぁんもしんぱいなくぅ、いける。あ り が と う 』と語っているような表情なのです。私は涙が止まりませんでした。それは、とても不思議な感覚でした。悲しみの涙というよりも、Tさんへのなんというか、こう、いとおしさなのです。Tさんへの深い信頼、Tさんへの心からのねぎらいだったのです。私も担当した長澤も、仕事以上にTさんがだいすきだったのです。
Tさんは、息子さんのためにリフォームをしました。札束を持参して清算もしました。お墓の整理や奥様の法事も済まされました。そして仲間との別れとも言うべき忘年会。実はこの時、それまで一緒に酒を飲むことができなかったからと、担当の長澤はTさん宅に遊びに行っているのです。でも会えなかった。
ぜーんぶやることやって、やりたいことやって、Tさんは笑顔で旅立ったのです。葬儀に参列された方が皆、「こんなふうに逝きたいものだな」と語っているほど。
笑顔が忘れられない。Tさんからたくさんのギフトをいただいた、すばらしい体験でした。
『いきる』を感じる機会として、5月10日(土)水澤心吾さんのひとり芝居。5月17日(土)岡部明美さんのミニ講演会は、ぜひぜひお勧めです。一緒に、同じ時間と空間を共有しませんか!お待ちしております!!
ベージュ色からグリーンのさわやかな色に、自然は動きました。水田は字のごとくたっぷりと水が張られ、稲がすくすくと成長しています。日常の足元の変化にさえうとく、じっくり自然を感じることさえままならない私たち現代人。実は私という存在さえも自然の一部なのだという、極々当たり前のことを心底感じることができたら、目の前のスクリーンがガラリと変わるのかもしれませんね。
≪欲していたもの≫
わたしは、日本航空高等学校航空工学科を卒業して一年浪人。その後栃木県小山市にある白鴎大学経営学部経営学科に入学。いろいろあって5年で卒業。すぐに父の経営する会社、北澤工務店に入社しました。
26歳で結婚して子供を3人授かり、2級建築士や宅地建物取引主任者の資格を取り、カタロ活動を始めたり、モデルハウスを建てたり、ショッピングセンターに出店したりして、2001年には代表取締役になりました。
『二代目』『あととり』『なにもセンム』『一苦労・二楽・三つぶし』の呪縛から逃れる事に終始し、39歳まで自分なりに『何か』を求め続けてきたように感じています。 入社して、15年の歳月が流れました。
『二代目』『あととり』『なにもセンム』『一苦労・二楽・三つぶし』の呪縛は、なった方でないとわかりづらいかもしれません。二代目は楽してボンボン、世間知らずと相場が決まっています。レールが引かれていいとか、地盤・看板・カバンがあっていいとか、親の顔をつぶすなとか、たけのこの親勝りだとか、いろいろ言われました。また、そういった表現に敏感であったのも事実です。周囲に映る自分と異なり、満たされていない自分がいました。悶々と、沸々と、激しい欲求というか、憤りのようなものを感じながら生活していました。
≪家づくりという仕事≫
建築業といっても、その幅は広いんです。鉄筋コンクリートもあればプレハブメーカーの下請けもある。その中でも、民間工事にこだわり、木造建築にこだわり、戸建て住宅にこだわり、注文建築にこだわり、元請工事にこだわってきた。自然素材や手づくりの家にこだわってきた。チラシ広告や電柱看板などはやらないことにこだわってきた。15年間、そのこだわりの仕事をしてきたからこそ、少しずつ見えてきたものがあります。
それは、『家づくりという仕事を通して、家族を見つめてきた』 ということです。単に家を建ててきたのではなかった。
家づくりという仕事ほど、その家族に深く深く入り込む仕事はないと思うのです。ご主人の収入から、親子関係、嫁姑関係、子育て方針や家族計画、収納が上手だったりそうでなかったり、趣味や休日の過ごし方、先祖との関わりや老後の計画、近隣との関係まで、深く深くお話しをし、それらの情報をもとにプランニングを進めていくからです。竣工して引越しをしてからは尚のこと関係が深くなります。家族の成長と共に、家の役割も変化していくからです。
『家づくりという仕事を通して、家族を見つめてきた』この言葉の発見は、ぼくにとって、とってもとっても衝撃的なものとなりました。『そうか、そうだったのか。だからぼくは建築屋なのに、カタロ活動なんていうことをしてきたんだ!』 目の前が明るくなるような感覚でした。
≪カタロ活動≫
『カタロ』は『語ろう』を語呂合わせした言葉です。語り合う場所をつくりたい、つながりをつくりたい、泥仕合のような競争をしたくない、そんな気持ちが形になりました。
工務店ながら、カタロで始めた第一回目の活動は 『バイオリン三重奏コンサート』 でした。陶芸教室や作家の方々の作品展、個人の作品を販売する『市の日』、森林公園での『森で遊ぼう』・・・・・。カタロ通信も発行され、なんで工務店が?????そんな声を多く聴きながらも、その活動は次第に拡大していきました。
例えば、『森で遊ぼう』。親子の絆を深めることをテーマに、10年間10回やってきました。最初は梅と桜でやっと集まっていただいた50人の参加者が、昨年では350人。スタッフを合わせると400人近い規模の企画となりました。その光景はおよそ全国の工務店でも例が少ないものだと自負しています。10年間の累計では2000人以上の方がこの体験をされているのです。たっくさんの笑顔!笑顔!笑顔!
≪家づくりって≫
ぼくはこれまでに、ひとり暮らしをする方の家を建てたことが一度しかない。でもそれは、すぐそばに娘夫婦が住んでいるために引っ越されてきたのだ。だから家づくりは、自分のためにする行為ではないと感じています。だって、自分のために35年もローンは組まないと思うし、自分のために生命保険を担保に入れたりなんてできないと思うから。家族の未来のため、家族の幸せのために家を建てるんだ。つまり家づくりとは、自己中心的ではなく、他者中心的な行為なんだ。
自己中心的ではなく他者中心的な行為とは、『愛』に他ならない。だから、家づくりとは 『愛』 を育む器づくりと言えると思うのです。
私たちが建築をさせていただいた多くのお客様は、しあわせな家族生活をされていると思います。でも残念ながら、離婚をして離ればなれになってしまった家族もある。ローンを苦に自己破産してしまった家族もある。置き去りになって廃墟となってしまっている家もある・・・。家を建てるときの、あの時の想いは忘れられてしまったかのように・・・。
≪愛は家庭で育つ≫
『愛は家庭で育つ』 これは、ある長期間にわたる研修で唯一こころに刻んだ学びです。愛は、家庭で育つんです。
そういう視点からするならば、善意も悪意も優しさも思いやりも、明るく前向きなこころも、落ち込みやすい性格も、みんなみんな家庭で育つものなのかもしれない。
総理大臣も犯罪者も、あの人もこの人も、家があって、家庭があって、生まれ成長し、育まれてきたという事実。世界中に起きている人為的な事柄をぎゅーっと絞ってみたら、その先端からこぼれ落ちたものは『家族』だった。家族がすべての出発点だった。ぼくは、家づくりという仕事を通して、この家族を見つめてきた。
いま誰もが 『なんか変だよ』 と語る。100%の方が語る。ぼくも 『なんか変だよ!』 そう思う。
ぼくの視点、つまり世界中で起きているすべての人為的な事柄の発端が家族であるならば、家族の再誕生以外に 『なんか変だよ』 がよい方向に向かうすべはない。
家族で育まれる 『愛』 が薄れているのかもしれない。家族で育まれる 『絆』 が途切れてしまっているのかもしれない。唯一はだかでいられる場所、つながっていられる場所のはずの家族が、分断されてしまっているのかもしれない。寂しさや孤独感・孤立感が醸造されてしまっているのかもしれない。
≪北澤工務店≫
北澤工務店はこれからも、『家族を見つめる』 という視点に立って、家づくりをし、カタロ活動をしていくんだ。曲解を恐れずに言うならば、4畳半一間でも家族の愛は育まれ、家族の絆は結ばれる。古家であっても家族と共に生きるしあわせを存分に味わいつくすことができる。
『家族の再誕生』 建築屋であるからこそ、この大切な大切なキーワードが見えてきました。これからも家づくりはもとより、自分が感じていることを信じて活動を展開して行こうと思います。
どうぞ見守っていてください。ではまた。
今月号で100回目になるんですね、おさむのひとりごと。ずーっと読んでくださって、ほんとうにありがとうございます。最初は原稿用紙2枚程度だった文章も、今では毎回10枚にもなってしまい、『文字が小さくて読みづらいよ!』と言われながらも懲りず・・・。この8年と4ヶ月で原稿用紙500枚ぐらいになったようです。我ながらよくやってきました。(笑)
≪やっぱりやります、森で遊ぼう≫
8月3日『森で遊ぼう』があります。家族の絆を深めることのできる一日になったらいいな。子供の喜ぶ笑顔を見て喜ぶ大人もいいけれど、おとなが夢中になっている姿を見て喜ぶ子供の姿を見てみたいな。子供は考えなさ過ぎるけど、おとなはあまりにも考え過ぎるんだよ。
この一日だけは、あんまり考えないで、子供に見習ってわくわくどきどきするような一日にしたいと思うのです。感じることを取り戻すことができるような一日にしたいと思うのです。
一度は止めることまで考えた11年目の『森で遊ぼう』です。でもやっぱりやりたい。決断でした。それゆえに今年は例年にないような内容となっていますので、老若男女問わず、ぜひご参加くださいね。
≪おさむが不良???≫
告白します。実はわたくし、今年41歳厄年になって、生まれて初めて、タバコを吸いました。 中学生時代から模範的生徒?として学年の代表や部活の部長を務めていた私。タバコを吸っている生徒を見つけては追っかけまわしていました。ぶっといズボンをはいた連中も、ぼくを見かけるとその手を後ろに回すほど優等生ぶっていました。
高校生時代は全寮制の寮長でしたから、風紀に関しては徹底していました。タバコを吸っている寮生を部屋に呼び出し、正義感から手を上げることもありました。
ぼくにとってタバコは悪の象徴。タバコを排除することは、ぼくの正義の証でした。男性はもとより、女性が咥えたばこなんかしちゃったりしている時は、めらめらと怒りの感情さえ湧いてきていたのです。
≪なんで今さら・・・≫
ぼくは、感性論哲学という学問を学んでいます。その創始者芳村思風先生から、こんなことを言われたのです。『おさむちゃんは、もっと遊びを覚えた方がいいよ・・・』と。
哲学の大先生から『遊びを覚えた方がいい・・・』って、、、!?哲学の先生ですからね!そのチョー真面目な世界の先生の目からしても、ぼくには『遊び』が欠けているというのでした。
2ヶ月に一度の勉強会のあと、懇親会、カラオケとその席は移行しました。思風先生はカラオケも大好きなんですね。哲学者のイメージを根本的に変えざるを得ないその空間にいた私。ふとタバコが目に止まり、『エイ、やあーッ』の気合でタバコを手にしたのです。
≪ほんとうは・・・≫
ぼくはオートバイツーリングが大好きです。いつものコースは信州のビーナスライン。そこには日本で一番!と太鼓判の大パノラマが広がるとっておきの場所があります。ぼくは昔から、愛車と共にその景観を堪能しながらタバコを吸うシーンに憧れていた。でも許さなかった。
で今回、やってきました。
その日は、これまでに体験がないほど澄んだ青空が広がり、左手に八ヶ岳、前方に富士山、右奥から南アルプス・中央アルプス・北アルプスと、日本の尾根がずらりと雪化粧をして出迎えてくれました。
そして念願のタバコに火をつけて・・・・・・・・。
すると、どうだろう・・・景色が違って見えた。草草が揺れて美しい。緑が目に柔らかい。小さな蝶の羽ばたきに目がほころぶ。風の音を感じると耳が笑った。美しすぎる山々は、ぼくの存在を励ました。
≪なってみないと・・・≫
でも、はっきりいってぼくの身体にタバコは合わないみたいです。吸ってるとむかむかして気持ち悪くなってくる。でも吸ってみなければわからないものですね、喫煙者の気持ち。
駅のホームの喫煙コーナーで吸っていると、集まってくるんですよ、仲間が。何も言葉は交わさないけれど、世の中から疎外されている仲間同士のような感覚になる。空港などではガラス張りのガス室のようになっていて、『そこまでして吸わなくったって・・・』と思っていたけれど、なんとなく狭い場所の方が落ち着く気持ちがわかる。タバコを通して話が弾むことがよくある。否定するばっかりじゃ、ほんとの姿は見えないものです。
≪兄貴と連れモク?≫
先日兄貴(あんちゃん)が始めて自分のこころと向き合う岡部明美さんの個人セッションを体験しました。セッションルームの中での出来事は一切わからないけれども、ぼくも以前体験したからなんとなくはわかる。これまでの自分を振り返ったり、ほんとうに自分のしたいこと、ほんとうに自分がわくわくすることに向かい合った。心の奥底から、涙をいっぱいいっぱい流した。
あんちゃんのセッションが終了して、ふたりでカタロの外に出て、初めて一緒にタバコをふかした。青空でとっても気持ちが良かった。ツバメが巣作りに励んでいた。車の音さえ新鮮だった。
あんちゃんとこうしてタバコを吸う・・・。そんな些細なことだけれども、無言の会話があった。つながっている感覚があった。
≪自分の観念≫
『何を今さらやってんの!』とお叱りの向きもあるかもしれませんが、ぼくはタバコを吸う体験を通して、今まで自分が勝手にこしらえてきた観念に気づくことができた。41歳厄年にして初めての体験。
タバコであってもなんでいいのですが、そんな自分の制約、ありませんか。そのたった一つのこだわりを手放しただけで、自分が解放される。魂が自由になる。『とらわれる』という漢字は『囚われる』 牢屋の中の人のことを言う。自分を解放しよう。ありのままの自分を生きよう。いのち輝かせて生きよう。
100回目でした。
