〜 N0.45(平成15年12月号) 〜

〜 N0.43(平成15年10月号) 〜

〜 N0.42(平成15年9月号) 〜

〜 N0.44(平成15年11月号) 〜


〜自分の娘に振り袖を着せたような家づくり〜
竃k澤工務店

301-0855 茨城県龍ヶ崎市藤ヶ丘7-1-7
TEL 0297-60-1333 FAX 0297-60-1666 
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おさむのひとりごと

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〜 N0.41 (平成15年8月号) 〜

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夏も真っ盛りですが、いかがお過ごしですか。昨日(7月20日)、6年目となる『夏・森で遊ぼう』が無事、開催されました。写真の通り、本当に多くの方にご参加いただきまして、内容の濃い一日となりました。何より、『北澤工務店マジック』とでも言いたくなるようなお天気。心配された午前中の雨がそのときのために上がってくれたかのようでした。プログラムにはなかったのですが、大じゃんけん大会では、カブトムシやマウンテンバイク、そして、お父さんお母さん限定でのディズニーランドチケット争奪戦など、その賑わいぶりはすごかったです。工作に始まり、釘打ちゲーム、釘抜きゲーム、ドッヂボール、わなげ、LEVEL ONEの皆さんのミニコンサート、夕食は2003年版すいとん、そしてファイナルはキャンプファイヤー。あっという間の6時間。ご参加いただいた方には、家族の絆にとってとても大切な『心の栄養』を持ち帰っていただけたのではないかと思います。そしてこれを支えてくださった多くの方々に、心より感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。本当に、有り難うございました。
 なかなか前に進まない『日本縦断徒歩旅行』第5回です。沖縄を出発してから九州、四国と歩き続け、神戸に渡りました。神戸には私の航空高校時代の友人がおり、しばらく滞在することにしました。関西国際空港に勤務する彼の家は敬虔なクリスチャンで、礼拝や結婚式に参加する機会をいただきました。祈る心の美しさ、普段私達が目にする商業ベースの信仰では感じられない、深い世界を少しだけ体験させていただきました。歴史のある、古びれたその教会も残念ながらあの、阪神淡路大震災で倒壊してしまったそうです。『私たちを守ってくださった』と、友人はその復興に全力を注いだようです。
 彼に別れを告げ、甲子園を横目にみながら歩き始めました。琵琶湖から日本海に抜ける道を歩いている頃になると、何か、だんだん飽きてくるんです。何のためにこんなことやってるのか、と。ただ歩いているだけ。どこへ行ってもトヨタと日産のディーラー。日本石油の看板。全国チェーンのファミリーレストランに全国共通の道路標識。どこを歩いていても同じ感じ。人の温かさにも何かなれてきてしまって、泊めてもらっても、食事をご馳走になっても感動しなくなってきてしまった。『もう、この辺でいいんじゃないか・・・・』この、日本縦断徒歩旅行110日間の最大の危機がこの頃でした。その敵とは自分の中に芽生えた『なれ』。1日40kmたらずしか歩けない私の横を、東京までわずか3時間でつなぐ新幹線が5分おきに物凄いスピードで走り去っていく。俺は何やってんだ・・・・・。
 今思えば、日常の生活も同じことが言えると思います。朝起きて歯を磨いて、食事をして出勤して、仕事を頑張って帰宅して、風呂へ入って一杯やって、歯を磨いて寝る・・・・。旅行に行ったり、外食したり、いろいろなことがあるけれど、基本的には繰り返しの毎日。そこに喜びと生きがいを見つけ出さなければ、生きることさえ投げ出したくなってしまう。繰り返しの毎日に喜びと生きがいを感じるためにもっとも大切なこと、それは『目標を持ち続けること』つまり、そのときの私にとっては、北海道の『宗谷岬』を思い描き続けること。そうだ、俺は宗谷岬へ行くんだ。新幹線に追い越されてもいいじゃないか。新幹線は宗谷岬まではいけない。新幹線には見えない景色、新幹線では味わえない感動がある。困難を乗り越えていくからこそ成長していく自分がいる。 そう思い始めた頃、目の前に金色の海原が見えた。日本海だっ!!(次号に続く)
 このカタロ通信が届く頃には、特攻隊から学ぶ『翼が教えてくれたもの』も終わっていると思います。『森で遊ぼう』で伝えたいこともそうですし、『カタロ活動』も、『北澤工務店』の存在そのものもそうなのですが、今のこの混沌とした世の中、何とかせねばなりません。事業活動を通して、少しでも人様のお役に立てるよう、これからも精一杯頑張ります。

 秋風がとても気持ちよい今日です。皆様いかがお過ごしですか。8月1日に松田聖子さんの日本武道館コンサート『CALL ME』へ妻と二人で行って来ました。実は私、中学生時代から『松田聖子』さんの大ファンで、部屋の天井は数々の聖子ちゃんポスターで彩られ、ファンクラブにも入り、歌に合わせて大きな声で聖子ちゃんコールを繰り返すほどの熱狂振りでした。『♪♪・髪を切ったわたしに(セイコーッ!)♪♪違う人みたいとー(エル・オー・ブイ・イー・ラブリーセイコーッ!)・・・・♪♪かなりはまっていました。
 この日の日本武道館も超満員で、まわりはミセスの若い女性ばかり。自由に生きているように見える彼女の姿に、自分自身を重ね合わせたいかのようにも見えます。会場が暗くなると、ビートにのって聖子ちゃん登場!!すでに会場総立ち状態で、のりのりムード。チョッと無理があるんじゃない、と思えるようなブリブリのドレスも、聖子ちゃんだからバッチリお似合い。そしてあっという間のフィーナーレ。音楽って不思議です。そのメロディー一つで、25年前の情景がありありと浮かぶのです。感動に胸が熱くなり、思わず私も妻も『セイコちゃーんッ!!!セイコちゃーんッ!!!』と繰り返し繰り返し叫んでしまったのでした。日常生活にアクセントをつけることはとても大切なことですね。仕事に対しても家庭に対しても、また更に熱意が湧いてきます。
 日本縦断徒歩旅行の第6回です。新幹線がうらやましく見えたあの時の私も、日本海の海原に勇気づけられて更に北上しました。このあたりは『紅ズワイガニ』の産地で、路上にはたくさんの店が出ていました。声をかけていただいた方が、『朝あんたを見かけたんだがどこへ行くんだい。良かったらこれもってけ。頑張ってな。』そう言って、新聞紙にくるんだ紅ズワイガニを7ハイも分けてくださいました。うれしくて、うれしくて。何しろパンの耳と水しか食料がないものですから、こんなご馳走、そりゃもう、大変なうれしさでした。ザックに入れて、おばさんが見えなくなったあたりで早速いただきました。『うまいッ!!!』食らっているその姿を今想像するに、恐らく私はケダモノと化していたと思います。でも、7ハイは食べ切れません。ザックに入れて、今晩にとっておくことにしました。歩き始めると、臭いんですね。カニって、かなり臭いんです。汁がザックにしみこんで、太陽に照らされると、かなり臭うんです。仕方なく、おなか一杯なのに、その場で全て平らげたことを鮮明に覚えています。7ハイの紅ズワイガニ・・・・。
 徒歩旅行をしていると怖いものによく出会います。トラックとすれ違うことや、豪雨、強風、夜忍び寄る人の足音や動物など。中でもわたしが一番怖く感じ、嫌だったのが『トンネル』です。これは、本当に怖いです。トンネルにも、近代的なものから昔々の手掘りのトンネル(隋道)まで様々あります。照明が点いて、歩道があれば、あとは距離と音くらいなものですから、何とか頑張れるのですが、照明もない、歩道もない、距離が2000メートル以上ある、それを一人で・・・・・これは生きた心地がしません。どなたかご経験された方はいらっしゃいませんか。本当にこれは怖いです。だいたい水が滴り落ちてきますが、それがまたホラーチックを高めます。足元さえ見えず、単三電池のヘッドライトが頼りです。ライトに照らし出される壁面は川口ひろし探検隊さながらのムード。車の音が近づき、運転主も見えず、水溜りの水をぶちかけられたときはもう、なんと言ったらいいのでしょう、と、とにかく、逃げ出したい!!でも、逃げ出せないのです。2000メートル以上あると20分以上かかりますから、これは本当にいい経験をさせていただいたな、と今でも思います。でも、これだけは二度と嫌です。
 日本海は魅力的です。冬の表情と夏の表情が全く違います。自然の力を感じながら毎晩静かな砂浜にテントを張り、流木で焚き火をし、星空と語り、波の音を聴きながら、じっくりと自分自身に向かい会う・・・・・。現代の私たちにとって最も贅沢で、最も失われてしまった、しかし、いま誰もが最も欲している、そんな時間がそこにはありました。(次号に続く)
 今月号のカタロ通信はボリュームがあります。『市の日』のショップオーナーの皆様が紹介されておりますが、本当に楽しい場になると思います。是非皆様、お誘い合わせの上お越しください。お待ちしております。ではまた。

最近私を見られた方から『あら、カタロ通信で読んだけど、ホントやせたわねぇ。』『一回り小さくなったわねぇ。』『北澤らしさがなくなったような・・・・』と、いろいろと声をかけていただいております。現在体重は94kg。最盛期が105kgでしたから、11kgの減。少しの間この体重を維持して、11月ごろから更なる減量に励み、80kg台に体を慣らせたいと思います。体重が減ると、体調がとてもよいです。油ものやアルコールをあまり摂りませんから体のむくみが無い。朝のお粥、昼のうどん、そばを継続しています。たつのこ山の上り下りは三日坊主でした。現在体脂肪率は30.9%。まだまだ不健康体の私です。頑張ります。
 日本縦断徒歩旅行です。この徒歩旅行は、『徒歩』なんですね。海以外はひたすら歩く。自転車でも、ヒッチハイクでもない。その後、自転車旅行やバイクツーリングを楽しんでいますが、バイクは点と点の旅行、自転車は線の旅行、徒歩は『面』の旅行。そんな感じです。出会うものと時間の流れ方が同じなんです。徒歩旅行の醍醐味は『出会い』これに尽きます。自転車もバイクも多くの出会いがありますが、質と量が全く異なります。そしてお金が無ければ無いほどその質と量が高まっていくのです。これは本当に実感したことです。
 今回は、ある公園で出会った浮浪者のことを書きます。通常は郊外でテントを張るのですが、どうしても街中になってしまう場合があります。そんなときは公園のベンチで、寝袋に包まって寝るのが常です。テントを張っていたりすると外が見えませんから、どんな悪戯をされるかわからないので危険です。火をつけられたり、カッターで切り付けられたりしたらどうしようかと・・・・、そして足音がとても怖いのです。だから寝袋一枚で寝るのが一番安心安全です。この時もそんな北陸の夜の公園でした。
 大きなバックを抱えた汚い身なりのおっさんが先にいました。声をかけてみると、物もらいをしながら日本中を回っているそうです。市役所の『社会福祉課』というところにいって隣町までの電車賃を貸してもらい、それで日本中を回っているのだという。おっさんは近寄って話したがるのだが臭い・・・・。ノートには日本中の駅のスタンプが押してある。聞くところによると実家は四国で、事業に失敗したらしい物もらいは結構稼ぎになるらしく、実家に送金までしているのだという。羽振りのいい地域と、ケチな地域があるらしく、羽振りのいい地域へは2年ごとに回っていくのだそうだ・・・。
 おっさんは、ほかほか弁当を買って食べていた。パンの耳を食べている僕のところへ来て、『俺にもそれをくれ』という。大切なパンの耳を差し出すと、池の中にちぎっては捨て、ちぎっては捨てているではないか!!ナント、私の大切なパンの耳は、鯉の餌と化したのだ!!!!ほか弁とパンの耳。浮浪者と私。うれしそうな鯉。この矛盾、たまりません。
 次の朝、おっさんは早起きだった。見ると両手に大きなビニール袋をぶら下げていた。中にはパンの耳がたくさん入っていた。『持ってけ』という。臭いけど、あったかいおっさんだった。その後、あのおっさんはどんな人生を送ったのだろうか。
 私は、歩き続けながら自分に対して問いを続けていました。『男とは』なにか。『神とは』なんなのか。『生きるとは』どういうことなのか。いろいろな方と出会い、いろいろな経験をこの旅行で重ねていくうちに、少しずつ明かりが見えてきたような気がします。
 男とは、『右手にこぶし、左手に紙ヒコーキを持ち続けること』ではないか。右手のこぶしとは、どんな困難にも負けない意志の力。左手の紙ヒコーキとは、誇り高き夢や理想の象徴。だから私は、『右手にこぶし、左手に紙ヒコーキを持ち続けられる男でありたい。』そう感じ、確信を深めていき、私にとって人生の支えの言葉となりました。そして、神とは、『誓いと、努力と、感謝そのものである。』生意気かもしれませんし、違うという方もいらっしゃるかもしれませんが、このとき私の体の中から、沸いてきた言葉なのです。
 問いに対して光が当たってくるのを感じながら、日本海を北上しました。そして私の人生を決定付けた、秋田県の鳥海山が見える麓の集落でのエピソードが起きました。このエピソードは、次回書かせていただきたいと思います。
 最高の旅行シーズンとなってまいりました。食べ物もおいしい季節ですね。今月も
どうぞよろしくお願いいたします。

まわりの景色が冬支度を始めました。人間がどんなにあがいても、どんなにダダをこねても、泣いても笑っても、自然は何事も無かったかのように時を刻んでいくんですね・・・・、11月です。いかがお過ごしですか。
 今日(10月10日)保育園の運動会がありました。昨年、北澤家始まって以来の快挙!と書かせて頂いた次男秀平は今年もやってくれました!!一等賞です。しかしながら、練習で負けた子と走ると、ひねくれてしまうとのことで、先生が気を使って順番を調整してくださったとのこと、んんん・・・。今年はお父さん、がんばりました。ダンスに、大玉転がしに、綱引きに、早い者勝ちゲームにと、大活躍です。(自分で言うのもなんですが)綱引きなどはレモンさんチームで優勝!!童心に返って楽しいものですね。それにしても、先生方には頭が下がります。素晴らしい設営、指導でした。各地で運動会が開かれたようですが、いろいろなドラマがあったのでしょうね。
 日本縦断徒歩旅行連載第8回目です。左手に日本海を見て、ひたすら歩き続けました。毎日海辺にテントを張り、愛食のパンの耳をほおばり、夕日を見ながら焚き火をして、自分の将来や夢、目標に思いをはせる。薄明かりで日記を書き、十分睡眠をとり、早朝またテントをたたんで歩き始める・・・・。毎日がこの連続です。石川県、富山県、新潟県、山形県を北上し、秋田県に入りました。秋田県には秀峰鳥海山が日本海からそびえています。その麓、象潟町という小さな町での出来事です。
 『あさ、あんだをばみだども、どごさいぐんだ。』『北の方に向かって歩いてます。』『んだばながまがあづまるでよってげ』・・・あたたかな方言が私の心を包んだ。遠慮なくお邪魔させて頂くことにした。その方は偶然にも大工さんだった。近所の方々が集まり、敷地に続く日本海の海辺でバーベキューをするところだった。緊張感を全く感じなかった。初めて会った気がしなかった。・・・人はあたたかい。人は、あたたかい。一ヶ月も風呂に入っていない汚い身なりの私を、一緒の毛布に包まって酒を飲み交わしてくださる。『がんばれよー、がんばれよー・・・』無言のエールが私の肩を強くたたく。たいへんなご馳走、素敵な笑顔、大きな笑い声・・・最高の時間を共有させていただいた。お風呂までお世話になり、洗濯物までお世話になった。

ふわふわのふとんで波の音を聴きながらぐっすりと休ませていただいた。朝、きれいにたたまれた洗濯物を受け取り、『これ、食べてください』そう言って奥様がビニール袋に入れたお米を下さった。『有り難うございました、ありがとうございました・・・・・』そんな言葉しか出ない。それ以上の言葉を持ち合わせていない。何か大きな力を与えて頂いたような感覚を持ちながら、再び、歩き始めた。
 日本海の潮風は気持ちよかった。40kmくらい歩いて、今日のねぐらを決めた。テントを張り、流木を集めて夕日を見ながら焚き火をした。久しぶりにご飯を食べようと、今朝頂いたお米の入ったビニール袋を取り出した。小さなステンレス製のなべにザーッとお米を入れると、何か書かれた小さな紙片が顔を出した。それを取り出した途端に、体中に電流が走った。『日々是好日』・・・・・涙が溢れて止まらない。これだ、これだ!!俺が探していたものはこれだ!!!なんという人のやさしさ、なんという人の力。人が生きる意味を、私はこのとき感じた。それは『人様の役に立つ人間になること』ということだ。これを、自分が生きていく道しるべにしよう。人様の役に立てるような人間になるぞ!!夕日を見ながら一人、『ウォーーーッ!!ウォーーーッ!!』と叫び続けた。そして父の創業した北澤工務店を継ぐことを決意した。
 生きることに迷って始めたこの日本縦断徒歩旅行。この日身体に走った電流を、私は今でも忘れません。今この文を書きながらも熱いものがこみ上げてきます。この瞬間が私の第2の誕生日です。阿部さんという方から頂いた誕生日。昭和63年7月6日のことでした。(次号に続く)
 別項にありますとおり、6年間カタロを育ててきてくれた楓が一身上の都合により退職いたしました。お世話になりました多くの皆様、本当にありがとうございました。素晴らしい人材を失うことに、当初躊躇いたしましたが、事実をプラスに受け止める以外にありません。これは、神様が高いところで見ておられて、カタロが『第2ステージに進むように』というメッセージを下さったのだと思います。どうぞ、新生カタロにご期待下さい。
 いよいよ寒さも本格的になってくると思われます。どなた様もお体ご自愛ください
ますように。

 もう、師走になってしまいました。おかげさまで今年もOBの施主様を始め、カタロ通信をご愛読いただきました皆様にお支え頂き、無事、業務を遂行させて頂くことができました。心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。終わり良ければ全て良し。今年も一年間、いろいろなことがありましたが、締めの一ヶ月をピシッと決めて行きたいと思います。
 『日本縦断徒歩旅行』連載9回目です。
 秋田県鳥海山の麓、象潟町での出来事は、私の人生にとって大きな財産となりました。否、財産どころではありません。人生そのものの価値、生きる意味を深く心に刻み込んだ、私の原点となる出来事でした。生きることに迷っていた私が、その答えを求めて歩き始めた『日本縦断徒歩旅行』。沖縄からただただ歩き続けてきた私でしたが、ついにその答えを手にすることができたのです。私は、『人様の役に立つ人間になる』。生意気だとか、早すぎるとか、いろいろなご意見はあるかと思うのですが、そう感じたのです。今でも私はこの答えに何の疑問も持ちません。
 心のもやもやが吹っ切れた私は、ぐんぐん距離を伸ばしていきました。1日50km歩くことも珍しくありません。そして一日も早く日本最北端の地『宗谷岬』に着きたかった。そしていつからか、心の奥底に沸々と湧き上がってくる感情を、私ははっきりと自覚するようになってきました。『もっと世界を知りたい』『シルクロードってどんななのだろう』『サハラ砂漠ってどんななのだろう』・・・行ってみたい。好奇心が止めどなく湧いてくるのです。
 秋田県から青森県に入り、いよいよ本州ともさようならです。高校一年生のとき、初めて北海道へ寝袋担いで一人旅をしたことを思い出しました。2週間の貧乏旅行でしたが、その頃から放浪癖が身についてきたのかもしれません。今回のこの徒歩旅行の時にはもう廃止されておりましたが、その頃はまだ青函連絡船があり、その時のわくわくドキドキは今でも忘れません。
 いよいよ北海道です。北海道は『旅天国』です。たくさんの仲間ができました。自転車で世界一周をしているイギリス人は、学校の先生で4年も家に帰っていないと言う。でも祖国に戻れば元の仕事に戻れるのだそうです。日本では考えられませんね。オートバイで道内一周や日本一周をしている通称『ミツバチ族』、無人駅で泊まり歩き、北海道を周遊している通称『カニ族』、わずかな夏休みをやりくりして、家族で北海道ドライブを楽しんでいる会社員。
・・・旅行者とのピースサインの交換も頻繁にするようになりました。なにか北海道は違います。自由というか、懐が大きいというか、スケールがでかいというか。旅行者を裏切らない何かがあります。
 この頃ある方との出会いがありました。『和田さん』という女性で、自転車で日本一周をしているつわものです。私はなるべくショートコースを選んで1日40km位歩きます。彼女は1日100km位ジグザグにいろいろ見学しながら走るのだそうです。ですので、なぜか、なぜか何度も何度も再会するんですね、いろいろなところで。わくわくするわけです、私としましては。たぶん、目がハートマークになっていたのかもしれませんね・・・。妻にこの件を話し出すと、今でも雲行きが怪しくなるものですから、これ以上は書きませんが。。。。。。 バシッ!! いてっ!!
 この日本縦断徒歩旅行。本当に何回書いても書ききれません。毎日毎日が新しい発見、感動の連続です。一つ一つがドラマです。ただ、これだけしか書いていないと、『おさむのひとりごと』が『旅行記』になってしまいますので、次回で連載を最終回とさせていただきます。フィナーレをどうぞお楽しみにしてください。
 写真は事務所前の看板風景です。『目立たず、わかりにくい』と多くのお客様からご指摘を頂いておりましたので、心機一転、社員の手でリニューアルいたしました。慣れない手つきで一所懸命会社の看板を仕上げていく社員の姿に少しだけ、感動しました。仕上げは・・・・・・??ですが、社員みんなの手で仕上げたということに大きな価値を感じています。事実、看板をリニューアルして以来、多くのお客様が訪問してくださるようになりました。是非一度この看板をご覧にお越し下さい。明るくてさわやかで、とてもわかりやすくなりました。
 12月7日、カタロで開催される『市の日』に、父が丹精こめて作ったさつまいもを、私が丹精こめて焼き芋にします。出展品をご購入頂いた方に先着でプレゼントさせて頂きますので、ぜひお早めにお越しください。お待ちしております。冷え込みを感じる季節です。どなた様もどうぞお身体ご自愛ください。