〜 N0.60(平成17年3月号) 〜

〜 N0.58(平成17年1月号) 〜

〜 N0.57(平成16年12月号) 〜

〜 N0.59(平成17年2月号) 〜


〜自分の娘に振り袖を着せたような家づくり〜
竃k澤工務店

301-0855 茨城県龍ヶ崎市藤ヶ丘7-1-7
TEL 0297-60-1333 FAX 0297-60-1666 
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おさむのひとりごと

NO.56  NO.57  NO.58  NO.59  NO.60

〜 N0.56 (平成16年11月号) 〜

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めっきり寒さを感じる季節となりました。皆様いかがお過ごしですか。
 今回、関東を直撃した台風としては、過去50年の中で最も大きいと言われた台風22号でしたが、皆様、いかがされましたでしょうか。瓦が飛んでしまったり、トタンが飛来してガラスを割ってしまったり、雨漏れ、床下浸水、裏の巨木が倒れて屋根を壊してしまったという事故などが頻発し、一日中走り回って現場の確認を行いました。また、その3日前に大きな地震があったこともあり、土壁の倒壊、屋根瓦の落下による破損が雨漏れを助長した現場もありました。そして強く感じたことは、『昔の人の知恵は素晴らしいな』ということです。例えば雨戸。例えば深い庇。例えばシンプルな外観、シンプルな屋根。住宅地を見るとデザイン優先で納まりの悪い複雑な外観があります。コストを抑えるために屋根の傾斜を少なくし、軒が全くない家などもあります。家としての基本である『安全・安心・健康』に欠ける家づくりが、『商業ベース』にのって横行している感があります。私も同じ建築業を営むものとして他人事ではありません。改めて『家づくりの基本』を考えさせられた台風22号でした。今回は若僧の私が書くのも躊躇したのですが、『いのち』について書いて見たいと思います。
 季節の変わり目は、体調を崩し易い季節でもあるようです。そして外の景色は、夏の緑がベージュ色におおわれ始めてきました。
 出会いは別れの始まりです。別れは、悲しい。言いようのない虚しさが心を支配します。先日、OBの施主様の奥様を見送りました。若くして逝ってしまいました。あれほど元気だったのに、その変わり様に言葉もありません。生きているということは、必ず死ぬという事であり、日常の雑然とした生活は、この事実をぼやけさせてしまっています。横たわるその姿と自分の違いは何なのか。それは正に、生きているのかどうか、ということでした。生きているということはすごいことなのだ、と感じずにはいられませんでした。ご主人様である施主の脱力した表情。その姿に、自分を照らし合わせずにはいられませんでした。いま自分がその場所に立っている。妻といずれ同じ場面に出会うかもしれない。いや、必ず別れが来る。そう思うと、悲しくてたまらない。子供たちの顔が浮かぶ・・・。両親の顔が浮かぶ・・・。友人、社員さん、職人さん、お客様・・・。今、生きている。であるのに、であるのに、その生きているということが余りにも曖昧だ。生きている、ということが、余りにも安易だ。享楽主義が蔓延し、ただ時間を消費してしまっている感が否めない。今、手が動き、心臓が動き、呼吸をしている。この神秘に手を合わさずにいられるか。そばにいてくれる両親、家族、社員に感謝せずにいられるか。葬儀場から駐車場に向かいながら、ふと、お母さんに会いたくなりました。共に生きている妻が有り難く見えました。子供たちをもっと抱きしめてあげたくなりました。運動会でビリでも、少々成績が悪くても、なにがどうしても、全部オッケーだと思えます。生きていてくれるだけで有り難い。生きているだけですごい。
 こうしてみると、『いのち』という視点から見れば、生活や仕事の中で起きる様々な問題や障害の本質が見えてくるような気がします。当たり前ですが、死んだら何もできない。生きているからこそ問題や障害が発生する。その問題や障害を『ヨシ!!』と受け止めよう。問題や障害は、実は今の自分の『ハードル』に過ぎない。これまでの自分の経験や能力では解決できない『仮想のハードル』なのだ。生を全うする為に私が成長する為に、神様がわざわざしつらえてくれた『ハードル』なのだ。そして、どうやら神様は、期待している人ほど大きな問題や障害を与えるらしい。神様に期待されている人ほど『ハードル』が高いのだ・・・。実に勝手な解釈ですが、私はそうやって自分を励ましています。 なぜ、文面が『いのち』から『問題や障害』に発展しまったのかわかりませんが、恐らく今の自分の心境なのでしょう。人生いろいろ。悪しからず御容赦下さい。
 11月・12月は楽しくて役立つ企画が盛りだくさんです。11月7日の『住まいまるごと大見聞会』は、10年を経た住み心地を直に感じていただけます。また、12月5日6日の『第4回市の日』は、「オープンカフェとむとむ」さんと連携した素晴らしい出会いの場となることを確信しています。前回のミネストローネに引き続き、今回は『特製クラムチャウダー』を振る舞わせていただきます。おいしいですよご来場、お待ちしております!!
 ホームページ年内10000アクセスを目標にします!!どうぞご覧下さい!!

町の風景の彩りも、すっかり冬支度といったところですが、いかがお過ごしですか。今年の紅葉は夏の激しい暑さのためか、例年になく色づきが良かったようです。
 私は毎年紅葉の季節になると、F様というお客様と紅葉狩りに出かけます。今年で6年目になります。毎回行き先は決まって信州。私はオートバイでのツーリングが趣味ですが、そのほとんどの行き先も信州で、大変好きなエリアです。アルプスの峰々に温泉、そしてうまいそば。最高です。そのF様との今年の紅葉狩りで、大変感動したことがあったので書かせていただきます。それは、自分のルーツを辿る、ということです。言うまでもなく、自分の命はピョコンと突然地上に現れたわけではなく、そのルーツがあります。生まれてから今まで地元にいらっしゃる方はともかく、ご結婚や転勤などで生地を離れた方、中でも、ご実家がその地になくなってしまった方は、その地から足が遠のいてしまうものです。
 今回は、F様の奥様のお母様が生まれた小諸という地を訪ねてきました。上記の例と同じく、ご実家は人の手に渡り、その家も存在していません。しかし、『この近くに井戸があったはず』『この辺りに蔵があって、池があって、そこで遊んだ記憶がある』と、50年ぶりにその地を訪れ、記憶を辿りながら散策をしました。そして近所のおばあちゃんにその場所を尋ね、お母様の名前を伝えると、『ああ、あなたは○○さんのお嬢さんね!顔立ちがよく似ているわ』とのこと!!!!その風景が一気にモノクロ画像のように見え、幼少の頃の姿が浮き出てくるように感じました。その後、美ヶ原に行きました。標高2000mの高原は澄み渡る天気で、秩父、八ヶ岳、富士山、南アルプス、北アルプスまで見渡せました。素晴らしい景観でした。F様ご夫婦は、この美ヶ原にある山小屋で出会い、結婚し、ご主人の生家である龍ヶ崎に居を構えられました。その美ヶ原の山小屋のご主人はF様ご夫婦にとってとても大切な存在でしたが、色々な事情が重なり、その後一度もお会いできませんでした。しかし今回、38年ぶりにその再会がかなったのです。山小屋のご主人は83歳になっていました。今も大変お元気で、お二人の38年前の記憶を鮮明に覚えていらっしゃったそうです。その会話の内容は知るべくもありませんが、その対面の現実に私は心が震えました。
 F様ご夫婦は63歳になられます。誰もがそうであるように、様々な困難を乗り越えられてきました。そのお二人のルーツを共に辿った時、言いようのない感情が身体から溢れ出てきました。幼少の頃の記憶、思春期の記憶、学生の頃の記憶、社会人一年生の頃の記憶、恋愛の記憶、結婚して家族と共に生きる今、、、、。いつの間にか自分は一丁前になったようなつもりでいます。一人で成長し、大人になったようなつもりでいます。でもそれは大きな間違いであることに気づきました。自分のいのちにはルーツがある。そして、これまで本当に多くの人に支えられて生きてきた。その事実に例外はないでしょう。日常の生活は慌しく過行き、普段の私は前へ前へ進もうとしています。前へ前へ進もうとすることを余儀なくされます。
 自分のいのちにはルーツがある。支えてくれている人がいる。それを感じていることができるだけで、もの凄く大きな力が湧いてくる。是非皆様、ご自身のルーツを辿ってみてはいかがですか。
 過日の『住まいまるごと大見聞会』にご参加いただきました皆様、ありがとうございました。また、ご協力をいただきました、U様。S様。Y様。E様。生活しながらの中、本当にありがとうございました。
 いよいよ、12月5・6日は『市の日』です。今回北澤工務店では、あったか〜い『クラムチャウダー』と『石焼き芋』を振る舞わせていただきます。日曜日及び月曜日開催ですので、お誘い合わせの上、ぜひお越し下さい。そして遠慮なくお召し上がり下さい。その際、ひとりごとの感想などもいただけると嬉しいです。
 また、再度ご案内ですが、弊社ホームページをご覧下さい。『北澤工務店』で検索できます。年内1万アクセス目標です。宜しくお願い致します。いつもカタロ通信をご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。

新年明けましておめでとうございます。
 じっくりとこの字を眺めてみますと、理屈っぽい私は『なんで新年になるとオ・メ・デ・タ・イのか・・・』と疑問を感じました。聞くところによると『新年』に対する考えは日本独特のものらしく、毎年々々私たちは『リセットボタン』を押すようにして生きているそうです。初夢や初日の出に対する慣習。初詣や書初めは古来より伝わり、『今年こそは』とか『今年の目標は』などと意気込みしたりします。リセットボタンを押すことができるということは、考えてみれば素晴らしいことですね。いつでもやり直すことができる。新たなる気持ちで一年のスタートを切ることができたから、『おめでたい』ということになるのでしょう。年末も年始も営業中の私にとって、お正月という実感は非常に希薄なのですが、皆様はどのような新年を迎えられましたか。
 ところで、初日の出を拝む人は無数にいますし、初詣に行く人はその混雑にもめげず無数にいらっしゃいますが、12月31日大晦日の夕日に手を合わせる人がどれくらいいるでしょうか。一年の報告と感謝の気持ちを神社やお寺に詣でる人はどれくらいいるのでしょうか。そんなことをふと感じました。ひとりごとを書いている今日は12月12日(日)。是非今年の大晦日は、今年一年の大恩を夕日になぞらえて、西の空に向かって手を合わせようと思います。始まりが肝心。でも、終わりはもっと大事ですね。
 話は変わりまして、私の愛用車は、平成8年式の日産セフィーロ(白)2000CCです。平成10年に55,000kmの中古車として、乗り出し価格1,000,000円で購入しました。その後大きな故障も事故もなく、過日12月3日に無事200,000kmを達成しました!!これは、結構嬉しいものです。ご褒美にキズ、ヘコミなどの板金塗装、ボディーコーティングをプレゼントしてあげました。もちろん、オイル・エレメントの交換も忘れません。タイヤにもワックスをかけてしまったりして、、、、ピッカピッカでなかなか格好よく、本人もとても嬉しそうでした。ドアがギーギー鳴いたり、サスペンションが弱腰になったり、ハンドルの皮がボロボロに剥けてきてしまったり、、、、、距離相応の使用感は否めませんが、まだまだ一緒に元気に走ります。
 モノは正直です。粗末に扱えば粗末な仕事しかしない。怪我をし、事故を起こす。逆に大切に扱えば、立派な仕事をしてくれる。左官職人は正月に鏡餅と一緒に床の間に『コテ』を飾ります。大工は差し金を飾ります。私の命を安全に運んでくれる愛車セフィーロ。12月で車検を取りまして、あと2年で50,000kmを大切に乗り250,000kmで往生させてあげようかと思っています。そう思うと、現代はモノを大切にしない世の中だな、と思います。『消費が美徳』であるかのようです。薄っぺらな使い捨て文化。建築業界では『スクラップ&ビルド』が経済を引っ張ると信じている方が多い。『もったいない』なんていう言葉を使えば『せこい』とか『貧乏性』の烙印を押されそう。余った立食パーティーのおいしい料理の数々を、家族のために折り詰めするのはなかなか勇気が要ったりします。私は結構やるほうですが、、、、。古来より万物に神が宿ることを信じ、それを崇め、モノを大切にしてきた先人の尊い文化を、私たちは次の世代を担う子供たちに引き継いでいくことができるのか、心細い限りですが、自分でできることをやる以外にありません。
 12月5日6日は、先の記事にもある通り『第4回 カタロ市の日』が開催されました。今回は24店舗、2日間。それも日曜日と月曜日の開催という新たな取り組みを致しました。ご来場者は日曜日が273名、月曜日が202名でした。当初、平日のご来場者は余程少ないのではないかという懸念もございましたが、実際には日曜日よりもじっくりと作品をご覧になられる方が多く、ショップオーナーさん方にも大変好評でした。圧倒的に女性の方々ばかりでしたが、平日の方が時間的な気兼ねが少ないのかもしれませんね。是非次回開催の参考にさせていただきます。不詳私と社員で作った『クラムチャウダー』も大変好評で、中には『しあわせな気持ちになれました〜!』とまでのご感想を頂きました。石焼き芋も大好評!!いろいろな出会いがあって、いろいろな笑顔があって、多くの方のお力を頂きながら無事に終えることができました。次回は未定ですが、是非また皆様のお越しをお待ちしております。

 いよいよ一年の始まりです。今年も『年はじめのお菓子プレゼント!!』を実施します。数量限定ではありますが、是非皆様のお越しをお待ちしております。友人の神戸のお菓子屋さん『サン・ト・アン』さんにご紹介いただいた、とっておきのお店です。もっともっとお客様の近くにいる存在、もっともっとお役に立てる存在になれるよう頑張ります。本年もどうぞ宜しくお願い致します。

あっという間に一ヶ月が過ぎ去り、お正月気分も過去の経験からすると随分季節感がなくなったものだと感じます。いかがお過ごしですか。
 新年早々、竜ヶ崎ショッピングセンターまでお越しいただきました皆様、誠に有り難うございました。今回のお年始のお菓子は、神戸のサン・ト・アンさんからご紹介いただいた、函館のお菓子屋さん『ペシェ・ミニョン』さんでした。お菓子業界でも大変に有名なお菓子屋さんだそうで、サン・ト・アンさんの息子さんもこのお店で修行中なのだそうです。ホームページも大変充実していますので、お店の名前で検索してみて下さい。そして、よろしければ取り寄せてみて下さい。宅急便ですぐに届きますので。
 ・・・・・どうしてこう、頭でわかっていることと、実際の自分の態度、行動は違ってしまうのだろう。どうしてこう、人の目を気にするばかりに、『自分は○○だから違う』『自分は○○だから仕方ない』と『言い訳という名の鉄の鎧』を身に付けてしまうのだろう。世の中全体が灰色に見え、異常な事件の報道が下を向いている自分を肯定し、そして自分の殻に閉じこもる。

 年末から年始にかけて、非常に不安定な自分がいました。問題や障害が次々にやってくるのです。次々に。で、そういう時にこそ、持ち前の明るさとプラス発想で社員をグイグイ引っ張っていくべきなのですが、なぜか勢いに乗れない。そうすると、面白いものです。今度は更に束になってやってくる。逃げようとすればするほど大きくなってやってくる。私は会社の代表ですから、少なくともそんな自分の状態はおくびにも出さずにいたつもりですが、社員の厳しい目にはどんなふうに映っていたことか。
 私は小学校5年生から柔道を教えていただきましたが、その中に『攻撃は最大の防御なり』という教えがありました。相手が強そうに見えるとどうしても逃げ腰になる。技が掛けられない。投げられないように守ろうとしてしまう。それでは相手の攻撃を防御することすらできない。即ち負ける。だから、攻撃をし続けることからしか突破口は開かれない、という意味だと思います。問題や障害という敵も同じだと思います。即ち、放置している間にどんどん大きくなってしまう。問題や障害を解決する道は一つ。解決するまでやり抜く。行動し続ける。下を向かない・・・・・と、誰でも頭ではわかっていますよね。いまさら書かなくとも。
 まわりをじっくりと観察してみますと、どうやらどんな業界、業種、組織、人であっても、問題や障害は必ずあるようです。当たり前、とおっしゃる方も多いですが、自分がその最中にいると『どうして自分ばかりが!!』と思ってしまうものです。私もそうです。でも大丈夫です。明るく元気に見えるあの人も、時の人と賞賛されるあの人も、誰もが困難にぶち当たっているようですから。で、ぐちゅぐちゅ言いながら下を向きがちな私と、何が違うのか。それは、頭でわかっていることが行動に示せるかどうか、なのだと思います。言い訳をしない生き方ができるかどうか、なのだと思います。プラス発想とか、前向きとか、陽転思考とか、頭でわかっていても全く意味なし!!困難に出会ったときにこそ、その人の真価が問われる。よし、またメラメラやる気が沸いてきました。下を向きがちな方!!人生二度なしです。共に頑張りましょう!!(本来会社の機関紙であるこの紙面でふさわしくない文面なのかもしれませんが、これが北澤修なもので、ご勘弁下さい。)
 12月の年末アフターサービスで社員が訪問した際、市内城ノ内のK様より手づくりの『ふくろう』のぬいぐるみを頂戴いたしました。このひとりごとの文面が苦渋に満ちたときが多いものですから、『不・苦労(ふくろう)』にとつくって下さったのです。ちょうどその頃、私の心の状態が不安定だったものですから、このふくろうを手にした時に、胸を突き抜けるような感情が込み上げました。言葉に表しようのない気持ちで一杯です。また、弱音ばかり吐いているようで、恥ずかしいやら何やら、、、反省しきりです。ご意見・ご感想の中で一番多いのが、『字が小さくて文章が長い!!』です。今回はそのご意見を少々反映させていただきました。いつもカタロ通信ご愛読有り難
うございます。

木々の芽が少しづつ春の準備を整えているのが見て取れる今日、いかがお過ごしですか。
 欽ちゃんの野球チーム『ゴールデンゴールズ』のホームグラウンドとして決まった桜川村。その桜川村中学校で一月の終わりに『職業人と語る』という授業があり、私の同級生が教員をしている関係で、三人の講師の内の一人としてお招き頂きました。中学二年生が対象でした。
 最初にお話を頂いたのが、当時結婚していたにもかかわらず、27歳で不慮の事故で全盲の身体となった根本さん。現在は針灸マッサージの会社を経営する経営者です。その時、自分の生きる道に全く自信を失ったそうです。27歳で妻がいて、、、。何をしていいか、生きる意味をどこに見出せばよいか、死んでしまおうかとも思ったそうです。一瞬にして闇(本人は闇なのか明るいのかもわからないと言っていた)の世界となったとき、一体自分はどうなってしまうだろうか。想像もできないことです。その根本さんが障害者施設で大きな衝撃を受けたのだそうです。酸素ボンベをいつも背負っている子、病院から一歩も外に出たことのない子、命が途絶えてしまう子、、、、生きるだけで精一杯の人がたくさんいた。『自分は目が見えないだけで手も動く、足も動く、身体は健康だ。もしかしたら自分にも何かできることがあるんじゃないか。』『皆さん、これから社会人になったら、楽しいことばかりじゃないかもしれない。そんな時は、自分だけじゃないんだということを思い出してください。』『最後に、私が皆さんに伝えたい言葉は、、、ネバー ギブ アップ!!』感動で熱いものがこみ上げてきました。本当の困難を潜り抜けてきた人は違う。本当の言葉を持っている。私は幸せ過ぎるんだ。些細なことで悩んだり落ち込んだりしているのが恥ずかしい。そう感じました。
 話すのが嫌いでない私に順番が来ました。『よし、いっちょ俺もかっこいい感動的な話を・・』そんな愚かな思考が頭を覆っていました。そんな時は、おもしろいものですね、生徒さんが全然自分についてこない。前で話しているとよくわかるんです。薄っぺらな自分の話が時間をつぶすかのように流れていく。揚げ句にはコックリこっくり居眠り・・・・・残念!!もっと人生に厚みをつけなければならない、とひしひしと反省した機会でした。過日、3日間お休みを頂きまして京都に行ってまいりました。男の一人旅です。いいですねぇ、冬の京都。丁度雪が降りまして、京都の町、文化財一面が白銀の世界です。初日、『血天井』で有名な三十三間堂となりの養源院、『国家安康 君臣豊楽』で歴史的釣鐘となった有名な方広寺をめぐり、世界遺産・西本願寺近くのビジネスホテルに泊まりました。インターネット予約で朝食付5300円(税込)。夜、新撰組にゆかりのある壬生寺に行くと、丁度節分祭ということで大変な人出でにぎわっていました。
 朝5時半起床。雪を踏みしめ暗闇の西本願寺境内へ。広壮な建築、その厳粛さ、ピーンと張り詰めた空気に気持ちが引き締まります。6時半からお勤めがあるとのことで参加させて頂きました。神々しい仏像を仰ぎ見て、あぁ信仰とはこういうものなのか。お経の心地よい響きを感じながらの一時でした。
 2日目は上賀茂神社から、白銀の世界の鴨川沿いを歩いて下鴨神社、そして上醍醐寺へと足を伸ばしました。上醍醐寺は醍醐山の頂上にあるお寺。一時間半の登山です。『なんだ坂、こんな坂』といいながらやっとたどり着き、ここから湧き出る水を飲む時の味こそ『醍醐味』だそうで、歴史を堪能しながらの寺社散策でした。
 夕方から京都で工務店を営む友人と会食。北野天満宮周辺には上七軒という花街があり、カランコロンと舞妓さんのぽっくりの音が聞こえてきそうな雰囲気でした。京町屋の風情のある建物でおいしい料理を味わいました。
 この日は仁和寺の宿坊に泊まらせて頂きました。そして同じく朝6時半からお勤め。通常は入れない世界遺産の金堂の中です。闇の中にろうそくの光だけでぼーっと浮かび上がる阿弥陀三尊像。霊気の中に響き渡る経と鐘の音。気持ちがスーッと軽くなる感じがしました。見栄とか、虚勢とか、比較とか、自分を縛っているものを感じました。もっと自分らしく生きろ、ともう一人の自分と対話しました。
 その後、いつもの広隆寺へ。国宝第一号『弥勒菩薩半跏思惟像』にご挨拶をしてまいりました。それにしても、何でこれほどまでに弥勒さんは綺麗なんだろう。何でこれほどまでに居心地が良いのだろうと、つくづく感じます。ほんの少し微笑みをたたえた表情は、私の全てを包み込んで下さいます。『いろいろありますが、頑張ってまた会いに来ます。』と語り掛けました。
 男の一人旅、とても贅沢な時間。こんな素晴らしい時間、今頃社員、職人は現場で汗をかいてくれているのだろう。家族は私の帰りを待ってくれているのだろう。そう思うと、仕事がしたくてしたくてたまりません。家族を抱きしめたくて仕方ありません。いい仕事をしてお客様に喜んでいただき、いい会社をつくって人様の役に立つ存在になる。旅は正に、心の洗濯でした。
 三月といえば花粉症の季節ですね。『今の若いてぇいは体が弱い』と言っていた私の親族も、今年は立派な花粉症患者です。どうぞ皆様ご養生下さい。
 ホームページも益々充実しておりますので、ご友人にもご紹介下さい。メッセージも是非お待ちしております。
ではまた。

弥勒菩薩半跏思惟像

同志社大学

糺ノ森(ただすのもり)

醍醐水

広隆寺

上賀茂神社