お知らせ
2026.02.27
本質的な家について熟考してみた。

現代の住宅は、高気密・高断熱という明確な性能指標を掲げて大きく前進してきた。
断熱性能や気密性能の向上は、室内温度の安定や省エネルギー化に確かな成果をもたらし、ヒートショックの抑制など、数値で確認できる効果も生んでいる。
一方で、その進化の過程において、矛盾も見え始めている。
それが、日本のような高温多湿で四季変化の大きい環境において、高気密高断熱を「完全制御型の技術」として扱ってきたことである。
換気・断熱に昔から厳しく、住宅性能の発展を遂げてきた欧米諸国。気候変動の幅が比較的安定した地域特性を持つからこそ、数十年前から高気密・高断熱と換気計画が一体で発展してきた。
しかし日本では、断熱・気密といった「閉じる・遮る性能」が先行した。換気や湿度制御といった「空気を扱う設計」が後回しにされてきた。
その理由は明確である。
温度差による事故や死亡は統計として可視化されやすい。しかし、換気の不足や湿度環境の悪化によって生じるハウスダスト、過敏症、体調不良といった問題は、因果関係が複雑で数値化しにくい。対照的だ。
結果として、住宅性能の評価軸は「測れるもの」に偏り、日本の住環境における本質的な課題が見えにくくなった。
ここで改めて問うべきなのは、「日本において、本質的な家とは何か」である。
結論として言い切るなら、このように集約できる。
日本において本質的な家とは、
高気密高断熱を前提にしながらも、
湿度と空気を完全に制御しようとしない家である。
そこに余白を。
日本の気候と暮らしは、機械や数値だけで完全に管理できるほど単純ではない。
だからこそ、日本の住宅には「制御」ではなく「調整」が求められる。
外気、湿度、季節、そして人の住まい方。
それらと対立するのではなく、いい塩梅で折り合いをつけ、寄り添い、受け流す力を持つこと。
それが、日本の環境を背景にした住まいのあるべき姿である。
高性能であることよりも、過信しないこと。
閉じることよりも、滞らせないこと。
完璧を目指すのではなく、環境と共に揺らぎながら安定すること。
もっと日本人みたいな家がいいと思うんだ。
日本の家は、性能を誇るための器ではなく、
日本の気候と暮らしに「いい塩梅」でなじむ器であるべきだ。
祖母の決め台詞も必ずいい塩梅だ。
最後までご一読頂きまして有難うございました。
最高の家造りの為、学びを深めていきます。
店長 北澤秀平
